今度のような「イスラム国」による人質事件が「発覚」した後の政府・与野党、マス・メディアの対応みていると、まるで非常時の挙国一致状態に近い。安倍首相は、国会答弁で、他国における「邦人救出」のために自衛隊を派遣できるようにしたいとまで表明した。情報収集とヨルダン頼みの静観しかしていない政府を静かに見守り、事件が解決するまでは政権批判を慎みましょう、という「自粛」ムードは、何を意味するのだろう。メディアや国民に自粛を強いることで事態を好転させているのだろうか、いや悪くする場合もあるのではないか。「テロ」の残虐性を認めるわけにはいかない。同時に米軍の「空爆」も同様だろう。かつての米軍による日本への空襲や原爆投下、日本のアジアにおける侵略行為に残虐性はなかったのだろうか。それらの残虐性を消し去ることはできないだろう。
そんなことを考えていると、短歌へのモチベーションはガクッと落ちる。断捨離?の一環で古い雑誌を整理していたら、ぽろっと落ちてきた切り抜き記事があった。少々古く、執筆者の結論とはやや異にするものの、このコラム記事にいささか励まされ、つぎの作業に入ることができればと思っているのだが。
(大波小波)「『斎藤史全歌集』への疑問」(『東京新聞』夕刊1998年11月5日)
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