政治・経済関係の報道から事件や災害報道に至るまで、テレビでも新聞でも必ず「専門家」が登場しての発言やコメントが氾濫する。今回の<「イスラム国」人質事件>を、私たち視聴者が知ることになった2015年1月20日以降、実に多くの「専門家」(識者・ジャーナリスト)が登場した。テレビでの発言は、質問の仕方や並ぶ別の専門家たちとの発言との絡み合いで、個別の「専門家」としての発言が不明確になりやすい。活字に残っているという意味で、新聞に登場した「専門家」たちの発言や寄稿に着目しながら、その登場したメディアと発言内容、出自職歴などを吟味してみたいと思った。2月2日の朝刊<「イスラム国」による後藤健二氏殺害報道>を中心に、入手できたわずか4種類の全国紙を対象とした。以下のように<第1表>として作成したが、ここから見えて来るものは何か。現時点での私の感想をまとめておきたい。また、2月2日朝刊以外でテレビを通して接することができた「専門家」についても、参考のため<第2表>としてまとめた。私自身が視聴したかぎりでは分かっても録音はとっていないので、発言内容をチェックできる体制にないが、番組名(局名)と件数、略歴を記すことにした。この間の「専門家」たちの動向を知る手立てにはなると思う。お気づきの点などご指摘いただければ幸いである。(結構手間がかかりました!生年などの個人情報、調べきれないところがありました)
<第1表>2015年2月2日朝刊 「イスラム国」人質後藤健二氏殺害報道についての社説及び「専門家」(有識者・ジャーナリスト)・コメント概要(内野光子作成)
<第2表> 「イスラム国」人質後藤健二氏殺害報道テレビ番組に出演した主な「専門家」概要(内野光子作成) 併せて以下のPDFをご覧ください。
http://dmituko.cocolog-nifty.com/senmonkaitiran.pdf
◆ なお、ちなみに、二つの表から、2015年1月20日~2月16日までのテレビ出演ベストテンは、つぎの通りでした。詳しくは表をご覧ください。<第2表>の人選は独断です◆
①高橋和夫83件 ②高岡豊69件 ③宮田律50件 ④板橋功48件
⑤常岡浩介43件 ⑥横田徹41件 ⑦ 田中浩一郎39件 ⑧宮家邦彦37件
⑨黒井文太郎35件 ⑨保坂修司35件 ⑩金谷美紗24件 ⑪青山弘之21件
⑪内藤正典21件
また、今回の報道における、人質となって殺害された日本人二人の「親族の発言」といわゆる「街の声」についても、マス・メデイアのなかでどう位置づけられるのかを言及できるチャンスがあればと思っている。
2月2日の朝刊に登場した「専門家」たち
まず、4紙の社説は、いずれも「イスラム国」の蛮行を糾弾しているのは当然と言える。多くの読者は、「イスラム国」のそれまでの残虐な映像をテレビなどで幾度となく接しているので、この主張には納得するところである。さらに、それまでの政府の対応への検証の必要を強調している点も共通している。しかし、その先の主張は微妙に異なる。日本の取るべき対策としては、 「朝日」は、国連などを中心に訴追と処罰を求める国際社会の圧力の強化をいい、「毎日」は、日本は「公正・公平」な中東政策を粛々と進めるべきだとし、「東京」は、中東における日本の平和国家としての評価を基本に軍事的支援を人道的支援、とくに、有志連合の空爆に参加しないこと、さらにはODAにおける軍事的支援をしないことと具体的に提案する。 「赤旗」は国際法、国際人道法にしたがったテロ対策の不可欠を主張し、欧米諸国が自らのモデルを中東諸国に押し付けたことが差別や格差を広げ、過激派集団の伸張につながった点を指摘する。
政府の対応の検証の必要性も当然のことであると思う。1月20日の段階以後、何人かの専門家も指摘するように、昨年の12月初頭には二人が人質になっていることを政府が知っていながら、総選挙を行い、安倍総理は中東を訪問した上に、「イスラム国」と闘う諸国への人道的援助を宣言したこと、また「テロに屈せず、あらゆるルートを探って人命第一に交渉を続けている」と繰り返していた実態は、いかなるものであるのか質すべきだと思った。交渉の只中にあるその時の政府批判は自重すべきだという雰囲気に、メディアも飲み込まれていた。いや、共産党さえも志位委員長の命により池内議員のブログ削除事件まで起こしていた。事後の検証と言っても、現在の国会での質疑においても、「特定秘密保護法」や外交上の問題として、すでにウヤムヤになりかけている。あの時点で、野党やメディアや国民によって、対応を含めて政府へきちんとした提案や意思表示をしていたら、別の展開もあったのではないかと思うのだった。ちなみに、それを明確にしていたのは、「朝日」の内藤、春名、黒木、「東京」の臼杵の諸氏のコメントであったろうか。
テレビでおなじみの「専門家」たち、その出自によって
新聞に登場した<第1表>の「専門家」と<第2表>の「専門家」もあわせて、その出自とテレビ番組での発言を概観すると、おおよそ大きく四つのタイプに分けられるだろう。
①純然たる中東地域の研究者
②外務省、警察庁などの官僚出身者で、現在シンクタンクや大学などでの研究者
③研究所の研究者でその専門性から外務省在外研究員などを経験している者
④中東地域に詳しいジャーナリスト、ないしはジャーナリスト出身の研究者
である。③はかつての政府管掌法人であったり、企業がかかわる法人であったりすることが多い。②③によるコメントは、ときには現実的な発言もあるが、政府見解、政府寄りを脱し切れていない発言が多い。なお、④は、おおむね自らの体験に基づいている発言が多く、自国や他国の人々への人権意識が高く、説得のある発言も多かった。①は、種々の知見によるコメントに教えられることは多いが、曖昧さが残り、その現実的な解決につながりにくい点も多い。いずれも、情報や不確定要素が多いなかでの発言であること、また、新聞紙上では、発言者の意に沿わない編集がなされている可能性もある。そのためかどうかはわからないが、新聞4紙すべてに登場した青山氏のコメントは、微妙に齟齬があり、編集によるものか、自身のメディアを使い分けての発言かは定かではない。二つの表によれば、1月20日から2月16日までの約一か月間、一日に数局を駆けまわったり、同じ局の番組に出ずっぱりだったり、連日同じ番組に出演していたりしている「専門家」たちも多いことが分かる。こうした中で、多くの「専門家」たちと各局の報道ワイド番組にはもともとのキャスターとレギュラーのコメンテイターたちがいる。彼らが入り混じって繰り広げられる<「イスラム国」人質談義>に、私たち読者や視聴者は、何を求めていたのだろうか。
<「イスラム国」の思うツボ>、<テロリストを利する>という論理
私たち視聴者とほぼ同じレベルの情報しか持ち合わせていないかのように、「イスラム国」発信の情報の一部が繰り返される中での井戸端やコタツ談義に終始する番組も多かった。「専門家」の専門性こそが問われるべきであったのにと思うのだった。「テロに屈しない」というのは当然のことであるが、日本政府は、空爆に加えて地上戦を辞さないというアメリカなどとの連携とは一線を画するスタンスを強調すべきではなかったか。安倍総理は「イスラム国」への「忖度」や「気遣い」は無用と息巻いていたが、国民の生命を守ろうとする気遣いがまったく感じられなかった。周辺諸国の難民支援や人道的支援に徹することが大事であった。カイロでの安倍総理の演説についても、後から「人道的支援」を強調していたが、演説の文脈から見れば、そうとは読み取れなかった、というのが正直なところだろう。また、テレビ番組では、日本の政府、メディア、国民が冷静さを欠いて、騒げば騒ぐほど<「イスラム国」の思うツボ>、<テロリストを利する>という論調が大勢を占めた。多くは在中東諸国日本大使館で調査研究の経験のあるシンクタンクの研究員や元外務官僚たち「専門家」によって繰り広げられた。そこから少しでもはみ出した発言やコメントについては、逆に、2月4日の『産経新聞』のように「イスラム国寄り発言 野党・元官僚続々」なる記事やリストまで掲載し、異論を封じようとしたのである。さらに、「政府寄り」ではない「専門家」たちを番組から降ろす画策までするに至っている。
「冷静さ」とは何か。多くの関連報道番組は、こぞって「イスラム国」の広報映像を繰り返し、繰り返し流していたし、残虐場面と思われる映像にはモザイクを掛けたりしていた。これって、まさに視聴者を煽ってはいなかったか。こういう機会にはあらためて、中東諸国の歴史、イスラム教の知識、資源としての石油をめぐる動向、近くは湾岸戦争からの動向をこそ、新聞やテレビ局は、専門家たちと総力を挙げて取り組んでほしかった。当然のことながら、読者・視聴者としての個人的な情報収集には限界がある。報道機関だって、すでに日常的にも、内紛地域や戦場から遠く離れて、そうした地域の情報は、もっぱら後藤氏のようなフリージャーナリストやカメラマンたちの仕事に補完され、自らは安全地帯にいたのではなかったか。そう意味でも、番組内でのフリージャーナリストやカメラマンの発言には重みが感じられた。福島の原発事故の際にも、同様のことが言われてきた。あえて、危険に身をさらせということではない。たとえば、有志連合による空爆は「イスラム国」への打撃として報じられるが、どれだけの被害や犠牲者が出ていたのかの報道がまずない。当該軍の「発表報道」に甘んじているのはまさに「大本営発表」から一歩も踏み出していないことになるのではないか。
今回の私の調査のさなか、
2月初旬から中旬にかけて実施された<「イスラム国」人質事件における政府の対応について>の結果が発表されている。その結果は以下の通りだった。上記に見てきたように、一連の新聞記事や報道番組の内容に大きく連動しているように思われる。私たち読者や視聴者自身に情報が少ないことと報道される情報をチェックする能力、いわゆるメデイアリテラシーに欠けていることにも留意しなければならない。
「イスラム国」人質事件における政府の対応
調査者(調査日) 評価する
(適切) 評価しない
(不適切)
読売(2/6~7) 55% 32%
共同通信(2/6~7) 60.8% (不明)
朝日(2/14~5) 50% 29%
NNN(1/16) 43.0% 33.6%
NHK(2/10発表)* 51% 42%
*2月10日「くらし☆解説<日本人殺害事件と国民の視線>」(島田敏男解説委員)
いま、国会では、ようやく「イスラム国」人質事件の政府対応についての質疑が行われているが、その内実がどこまで明らかになるのだろうか。いまの政府の危機管理の基本ができていたか、いなかったかの検証なしに、公安情報機関の創設への流れへと傾くのだろうか。